精神の変調

昭和6年、光太郎が三陸地方に旅行している間、留守番していた智恵子は泊まりに来た自分の姪や母に自殺をほのめかしたことがあった。
 

翌昭和7年、アダリン自殺をはかる。1ビンを丸ごと飲んだのだ。遺書には光太郎の弁によると「ただ私への愛と感謝の言葉と、父への謝罪が書いてあるだけだつた。その文章には少しも頭脳変調の痕跡は見られなかつた」。
 

しかし光太郎の弟豊周によると「…だんだん行が乱れ、文字があやしくなつて来て、しまいには何が書いてあるのかわからない。そして途切れて終っている」。
 

一ヶ月の療養生活で回復し、約一年間は安定期していたが、やがて智恵子の精神状態は目に見えて異常になってくる。
 

光太郎は智恵子の回復のため福島旅行に連れていくが(「山麓の二人」)、戻るころには更に悪化していた。
 

山麓の二人

二つに裂けて傾く磐梯山の裏山は
険しく八月の頭上の空に目をみはり
裾野とほく靡いて波うち
芒ぼうぼうと人をうづめる
半ば狂へる妻は草を藉いて坐し
わたくしの手に重くもたれて
泣きやまぬ童女のやうに慟哭する
――わたしもうぢき駄目になる
意識を襲ふ宿命の鬼にさらはれて
のがれる途無き魂との別離
その不可抗の予感
――わたしもうぢき駄目になる
涙にぬれた手に山風が冷たく触れる
わたくしは黙つて妻の姿に見入る
意識の境から最後にふり返つて
わたくしに縋る
この妻をとりもどすすべが今は世に無い
わたくしの心はこの時二つに裂けて脱落し
闃として二人をつつむこの天地と一つになつた。


九十九里浜へ天地

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高村光太郎 朗読 / 智恵子抄
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